『ギャザリングアートと私』
幼い頃から、とにかく、自分が興味を持った様々な「モノ」を沢山集めることが好きでした。
「仮面ライダーのカード」「記念切手」「キャラクター消しゴム」「漫画」「絵葉書」「雑誌」「提灯」「砂鉄」「砂」「河原の石」「松ぼっくり」…など、
興味を持ったら、とにかく沢山集めてました。
そして、段々と集まっていく感じと集めたモノを並べて眺めるのが大好きでした。
そのような時期の或る日、メカ(電子機器)に強い父親がテレビを修理してる時がありまして、「テレビの中身」を初めて観ることになります。
テレビの外側は、ブラウン管とプラスチックでとてもスマートでシンプルなのに、
「テレビの中身」そこには、ぎっしりと様々な色や形の電子部品が、電子回路基盤上に整然と構築されていました。
私の実家の諏訪は盆地だったので、少し山に登るだけでも、町並みが俯瞰できたのですが、テレビの中に、まさにその俯瞰した町並みを観たのです。
大変驚いたのと同時に、その町並みに魅了されました。
「電子回路基盤」が「町並み」に見えたときから、「集めたモノ」を並べて、いろいろなカタチを作ったり、出来たカタチを眺めながらイメージを膨らませたりすることが多くなりました。
その行為の延長線上に、今の私のギャザリングアートがあります。
現在の自分が、興味を持ったモノ(画像)をひたすら集めて、並べて、イメージを構築する。それが、私のギャザリングアートです。
「今の私」が集められる「今のモノ(画像)」。
常々、「現在」という時間にこだわって、作品素材を収集してますので、完成した作品は、私自身が作品の完成をイメージした以上の「現在」を写し出してくれます。
(だから、完成した作品を観ながら、またイメージを膨らませることも好きです)
「現在」を写し出す私のギャザリングアートは、時代と共に変化していきます。
世の中が変化していくのと同様に、私自身も変化していきます。
世の中に画像が溢れている限り、私のギャザリングアートは続いていきます。
私自身もまだ観ることができない、数年後の数十年後の私のギャザリングアートが、その時代にどんな「現在」を観せてくれるのか、とても楽しみに思いながら、今も「現在」を集めています。
最近、今の「テレビの中身」を観る機会がありました。
幼い頃に観た町並みとは随分変わった景色が、そこにはありました。
ウタマロケンジ


